口内炎に歯磨き粉
下唇に違和感を覚えた。
舌先でチロチロと舐めると痛みを感じた。
山のようにポッコリ膨れ上がり、中心は火口のように窪んだいた。
口内炎だ。
左上の鋭い犬歯が、坑夫のように鉱石を採掘しようと励んだのだろう。
いくら掘り進めても何も取れないから、さっさと閉山したらいいのに。
口内炎ができると、美味しくものを食べられない、上手く話せないから女性を口説けない(これは口内炎に関係ない場合もある。)等、様々な弊害がでる。
中でも、口内炎を一番憎く感じることは歯磨きの時である。
ご飯を食べたら歯を磨こうと、鼻が垂れている頃から口酸っぱく言われてきた。
それは自分が頬や贅肉が垂れる頃も、美味しくご飯が食べられるようにと親心からでる言葉である。
人間はご飯を食べる限り、生きてる限り歯を磨かなければならない。
例外なく。たとえ口内炎でも。
口内炎でも歯を磨くことはもちろんできる。ただ、歯磨き粉は口の中で唾液と混ざり、縦横無尽に駆け巡る。
当然、口内炎にも関係なく襲い掛かる。ある種のテロである。
村上春樹はフィンランド人は人生について述べたがるといっていたが。口内炎に歯磨き粉もまさに人生だ。
ある日突然生まれて、襲い掛かる歯磨き粉のような不幸に耐え、将来を見据えて歯を磨く。治った頃には喜ばれ、その日のうちに忘れられ、忘れた頃に生まれる。